インタラクションについて考えていきます
インタラクティブコンテンツ、というものを考えてみます。
インタラクションとは、アクションに対して、リアクションがある、ということです。日本語だと相互作用という言葉になるようです。僕らがFlashのサイトを作るとき、インタラクションをどう実装するか、ということをよく検討します。しかし考え続けていると、インタラクションという言葉は、すこしかっこよすぎないか、という気がしてきます。なんでなら、入力に対するリアクションは、あらかじめプログラムされたものだし、プログラムの範疇を超えて反応を返すことはないからです。出来試合。くぎ抜きだって、インタラクションと言えるのではないか。
もともと、インタラクションという考え方は、ユーザーインターフェイスの分野で作られたものだと思うのですが、それにコンテンツという言葉がくっつくと、何か過剰な期待を寄せてしまいがちです。ユーザーとWebが対話することでコンテンツが形作られないか、相互作用の結果、全く新しい別個の価値が動的に創造させられないか、ということを考えてしまいます。しかし、ユーザーのアクションに対するリアクションは、あらかじめこちらが用意した範囲内でしか提供できない以上、予想外の結果が生成される、ということはあり得ないはずです。「相互作用」は発生しないのです。
じゃあ、インタラクティブコンテンツとはなんなのか。何を目指せばよいのか。僕が今感じているところだと、インタラクティブコンテンツとは、コンテンツの導線がインタラクションによって構成されているもののことかな。そのインタラクションがあることで、思わずコンテンツに足を踏み入れ、そのまま探索し、内容を気持ちに引きつけて理解していってもらうための仕掛けなのかな。そんなことを思います。
そのことを強く感じたのは、「Saabは、細部だ。」というサイトを制作した時でした。このサイトはひたすら細部にズームしていくFlashムービーになっているのですが、何箇所かで、ズームが停止します。そこでユーザーがクリックすると、ズームが再開する、という形になっています。ここで発生しているインタラクションは、「クリック→ズーム」というそれだけのものです。クリックする位置でムービーの内容が変わったりすることもありません。しかしそれでも、クリックすることで自分がこのコンテンツに関わっている気分になります。それは、クリックすることが、サイトのコンセプトを理解することと直結しているからだと思われます。
今回はインタラクションが発生する場を、ユーザーとWebという個対個の関係で考えました。実際には、もっといろんな役者やパターンがあるはずです。例えば、ユーザー参加型のサイトがたくさんありますが、インタラクションという言葉で捉えることができる部分があるのか、など、考えてみて損はない気がしています。
というわけで、インタラクティブという言葉について、少し考えていこうと思っています。