電車
「ケイタイで動画見る?」と聞かれ「見ないっすね」即答してどうだろう、パケットバキバキなものをみたいという危篤な人などいるのだろうかいやいない。だけど、そこまで思って考え直した「おもしろかったら見る?」 ミシェルゴンドリーが日夜作っているかっこいいものは動画だ。ケイタイを場としてゲニウスロキがどう、ではなくて、それは動画という名のコンテンツですっていう捕らえ方が気になる。

コンテンツってなんだ。ネットから発信されたとして多くの人が知るところの電車男というコンテンツがある、いまさらだけれど、きっと国内で最も成功したネット関連コンテンツのひとつである。ただしこれに関して、ネットのコンテンツではない可能性がある。思うに一般が受け入れた電車とネットの関係は物語と世界背景というだけで、作中において今っぽいオタクフレーバーとしてネットが使用されているにすぎず、当時のネット関係者が期待した「人気小説の映画化」的構図というものではなかった。しかし、だからこそこのコンテンツは成功したのかもしれない。出所をぼかしながら作品の湿度を上げるため先行してネット上に物証を用意したのだとしたら、マーケティング賢人に匹敵する仕事だと思う。
まずコンテンツやクリエイティブを設計する。そして普通ならどうメディアに乗せていくか考える、前後が逆の場合もある。電車が前述のように意図されたものかどうか、そもそも創作なのかどうか、という話はさておき、もっと創造的なメディアの引用ができるかもしれない。ネットを見渡すとき、あまりに乱暴なメディア展開やその慎重な関係説明にげんなりすることがあるけれど、扱いやすくコンテンツとメディアに切り分けられた後、それぞれパッケージとして乖離して、みんな手に負えないのではなかろうかと思ったりするわけです。